それから10年ほど過ぎて、住田さんは仕事でいわきを訪れた際、
ステージを見に来ていた恵美子さんと偶然知り合い、
恵美子さんが香取さんの弟子であることを知った。
その縁で平成2年の恵美子さんの25周年記念公演の「雪女」
では作曲と演出も手がけ、津軽三味線とフラメンコギターの共演を試みた。
雪が吹雪く夜、雪女が恋に落ちた村の男役は、住田さんの知人だった山本さんが演じた。
山本さんは踊りながら鳥肌が立ち、恵美子さんは黒い涙が一筋、頬をつたった。
当時、テレビ局に勤め、カメラマンが撮った恵美子さんの雪女の映像を見た渡辺貴子さんは、
素晴らしさに学生時代に少しふれたフラメンコを恵美子さんの元で再開した。
恵美子さんの左手首のギブスは2月初めにとれた。
リハビリに通いながら、2月半ばから時間があると自室やだれもいない稽古場で1人、体を動かし始めた。
生徒の踊りには振りをつけるが、自分の踊りに振りはつけられない。
大ざっぱにイメージをつくり、あとは本番の自分に任せる。
フラメンコはギターと歌、踊りが三位一体になってできる。
恵美子さんは気持ちで踊ることを何より大切にしている。
ギターの音、歌い手の声があって初めて、自然に気持ちが入って体が動く。
そういう踊りを好み、それは恵美子さんでないとできない踊りで、自分流と思っている。
公演の最終盤、恵美子さんはシギリージャを踊った。
フラメンコには悲しい曲がたくさんあるが、そのなかでもシギリージャは救いようのない奈落の悲しみの曲。
リズムも難しく、恵美子さんにとっては香取先生と結びつく曲でもある。
住田さんのギター、川島さんの歌、恵美子さんの踊りが1つになり、
ステージは底知れぬ悲しみの世界に覆われた。そしてラスト、
曲は公演の始まりと同じ「夢」に変わり、ギターの音だけが響く静寂の世界に包まれ、恵美子さんは祈りを表現した。
クリスチャンの香取さんはスペインで教会に行くと必ず祈りを捧げた。
違和感なくすっとその空間にとけ込み十字をきったという。
それぞれの思いが重なり、溶け合ったステージ。
そでから見ていた弟子たちの目に涙が溢れた。

後日、香取さんが公演を見ていたら、何とおっしゃったでしょう、と恵美子さんに尋ねた。
「『あら、恵美ちゃんまた始まったわね。あなたらしいわね』じゃないかしら」。
恵美子さんは笑いながらそう話した。
香取さんの物語は一段落したが、まだまだやりたいことがあるという。

(終わり)

CORB7603