「黒いダイヤ」。
かつて「石炭」はこう呼ばれていました。
本州最大の炭砿であった常磐炭礦株式会社(常磐興産の前身)は、
国の基幹産業を担う自信と活気に満ちあふれ、
石炭の町であった現在の福島県いわき市常磐地区は、
戦前から戦後にかけて毎日がお祭りのようでした。
しかし、昭和三十年代後半、エネルギーの主役は石炭から石油に進化し、状況は一変しました。

石炭産業は没落の一途をたどり、同時に石炭に依存していた地域経済にも極めて大きな影響を与えた。

常磐興産は、炭鉱の斜陽化による収益の悪化を観光業に転換することで生 き残りを図った。

かつては炭鉱の坑道から温泉が湧出し、
労働者を悩ませただけでなく常磐湯本温泉を
湯枯れさせてしまったが(1tの石炭を掘る為に40tの湯を廃棄していた)
その温泉を利用して常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアン ズ)を建設し成功を収めた。

また鉱床をボーリングして常磐湯本温泉の安定した源泉を確保している。

さらに地場の大手電機企業である日立製作所とその関連企業が石炭産業従 事者の大部分を吸収し、
自治体としての基盤の維持に貢献した。北海道や九州・山口地方など他の産炭地域の人口の激減・地域振興策の失
敗による無惨な状況に鑑みれば、奇跡的とすらいえる。

2006年公開の映画『フラガール』は、閉山前後のこの地域を描いている。

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