それは常磐炭砿、炭砿関連企業従事者、
更には地域経済の将来という重い荷物を背負った厳しい船出でした。
「重厚長大」と呼ばれた高度成長の時代背景の中、
第一次産業「炭砿」が、お客様相手の第三次産業「
観光」へ衝撃的事業を転換したことは、社会的に大きな注目を浴びたことは言うまでもありません。
「常磐ハワイアンセンター」開業を1ヶ月後に控えた昭和40年12月6日。
東京大手町サンケイホールで行われた「旗揚げ公演」には、
昼夜それぞれ2000名を超えるお客様が押し寄せ、
入場をお断りするほどの話題であったといいます。
こうして昭和41年1月の開業以来、ハワイアンズ最大の呼び物である
「ポリネシアンショー」はその日本における先駆けとしてスタートして以来、
一度も途絶えることなく続けられ、開業以来延べ5000万人ものお客様に、
「ハワイ」に象徴される南の島へのあこがれと夢、そして感動を与えてきました。

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