子どもの恵美子さんから見た香取さんは髪が茶色く、
背筋がピンと伸び、身のこなしが洗練された女性だった。
言葉もまるで外国語を話しているようで、異国の雰囲気があった。
「本当に日本人なのかしら?」
と、恵美子さんは思った。
もともと香取さんの髪は赤くてウェーブがかかっていた。
目は茶色、肌は透きとおるように白かった。
そのせいで子どものころはいじめられ、
通 学の際はいじめっ子たちに会わないように時間をずらした。
女学校時代も髪のことで母親が学校に呼び出され、上級生にも
「お父さん、お母さんはどちらの人?」
と尋ねられた。
教室のレッスンは週に一度。
恵美子さんたちはレオタードにタイツ、
バレエシューズを履いてバレエの基礎を学び、かわいらしい音楽に合わせて踊った。
どんな音楽でも、恵美子さんの体はすーっと合わせられた。
音楽が流れると、何か踊らなくちゃいけないという気持ちになった。
中学生になって、恵美子さんはあこがれのトーシューズを初めて履いた。
うれしかったが、思うように動けず、美しさの陰の努力、大変さを感じた。
ちょうど学校も忙しくなり、疲れてレッスンを休むこともあった。
しかし、やめてしまいたいと思うことはなかった。
「香取先生のようになりたい」
という気持ちと、踊りの世界へのあこがれが頑張らせた。
香取さんの踊りは素敵だった。
バレエもフラメンコもシャンソンに合わせた踊りも、
それに夫の横山公一さんとのデュエットで、横山さんの肩にのったり、
股間をさっとくぐり抜けたりする動きは魔法のように見えた。
ハイカラでかっこよかった。
高校生になった恵美子さんはダンスクラブに入部し、毎日、放課後の練習が待ち遠しかった。
クラブとバレエ教室を両立させ、高校卒業まで10年ほど、
香取さんからバレエを学んだ。踊りのこころの種が香取さんから恵美子さんに播かれた。

deai