しかし、思いはスペイン舞踊にあった。
26歳でダンサーの横山公一さんと結婚。
ちょうど日中戦争が始まった年で、2年後には第二次世界大戦が起こり、香取さんは終戦まで夫婦で戦地を慰問して回った。
終戦後は米軍キャンプを慰問し、そこで知り合った将校が『ダンス・オブ・スペイン』という四冊組みの本を取り寄せてくれた。本場のフラメンコの舞台が日本で初めて行われる十年も前だった。
終戦から2年後、香取さん夫妻は東京都中野区野方に舞踊スタジオを開設。
昭和37年にはスペイン政府の招聘でスペインに1年間留学した。
7年後、さらに半年留学した。
その後もスペインには10回以上行っている。
フラメンコの日本の第一人者の1人で、日本フラメンコ協会の名誉会長をしている。
香取さんはいま、97歳。
東京の自宅で娘さんの世話を受けながら、寝たきりの生活を送っている。
3、4年前までは意識がはっきりしていて、話をすることもできた。
しかし昨年の初夏、恵美子さんが45周年記念公演の創作フラメンコの説明と
了承を得るために訪ねた時は、意識が朦朧としている感じで、言葉を交わすことはできなかった。
動くという喜びのなかに自分を見出し、言葉でなく体で表すことで自己表現してきた香取さん。
自らの著書『85歳、しなやかにフラメンコ』(パセオ刊)
で「なぜ踊るのか、ということがわからないと、本当の踊りはできないはず。
ただ動くのでなく、心のうちに持っているものが出てきて
初めて、人様を惹きつけ、人様に何かを与えることができるのではないかと思う」
と言っている。
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